2015年12月16日 (水)

登録

今日はとても暖かったです。

最高気温21・6度。

とても12月とは思えません。

でも、明日からは寒くなるそうです。

風邪をひかないようにしなくてはね。

がん登録がもうじき始まります。

自分が否応もなく登録されてしまうことにとても違和感?を感じます。

百年も実名で登録内容が保存されます。いつどこで見つけてどんな治療をしたか、しなかったか。すべて。

せっかくマイナンバーを作ったのだから、実名ではなくマイナンバーを使ってほしいと思うのは私だけでしょうか?

それに、百年も実名で保存する必要があるのでしょうか?

せめて死んだらその時点で匿名にしてもらえないのでしょうか?

医者が勝手に数字を操作できないようにがん登録は必要かもしれない。

情報漏えいには万全を期すとあるけれど、人間のやることだから。

職場でも顔見知りが登録実務をする。

絶対にばれないようにしなくちゃ。

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2015年4月22日 (水)

お天気に左右される?

今日はなぜか調子がよかった。

調子と言っても体全体ではなく腕。

患側の腕は気がつくと浮腫んでいる。
(浮腫んでいるから気がつくんだけど)

胸がなんか重いな~、痛いな~と思うとお天気が悪いことに気がついた。
(手術後、結構早く気がついたけど気にしてなかった)

腕はどうだろう?

最初は使いすぎたのかな?と思っていた。
でも、大して使わなくても浮腫むことに気がついた。

なぜなのかまだわからない。
でも、今日は浮腫んでいない。
腕を曲げて肩に指がつく。
たったそれだけなのにとてもうれしい。
(リンパは採っていないはずなのに。でも浮腫むと言っても回りにわかるほどではない。
自分が感じるだけ。)

ここんとこ、お天気の悪い日が続いてるから気分も落ち込み?
週間予報ではこれからは少しお天気がよくなりそう。
連続した良いお天気だと浮腫まないのかな?
これからちょっときにしていようかな?

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2015年3月 8日 (日)

無題

なんていったら良いのか。

胸が腫れたような張っているような、そんな感じだった。

最近手を伸ばした時下着がずり上がってきていた。
何なのかよくわからなかった。

腫れが引いたようです。胸が腫れていただけでした。
胸は手術直後は小丼をちょうど半分に切ったようでした。
とてもショックでした。

今は赤ちゃん用のお茶碗、といった感じです。
もちろん切取った部分はえぐれてへこんでいます。
今までどおりだと思っていた切らなかった部分は肉が移動したのか
縮小しました。
もちろん脇のほうからも肉は移動したようです。
鎖骨のした部分からも。
だからえぐれた部分はだいぶ復活?した感じです。

でも、夏には着る服を選ばないと。(脇も鎖骨下も見えないように)
(自分が気になるだけ。人にはきっとわからない)

手術前にほかの患者さんの写真を見せてもらいました。
気にならないほどの変形でした。(むかごさんだったらこれくらいになりますよ、と言われた)

今自分の胸を見て、前からは見せてもらった写真のよう。
でも、上から、横から撮った写真があったら?
変形やえぐれがはっきりとわかったのでは??

医療者からは一応きれいにできた症例なのでは?と思う。
(でも、手術前の患者には私の写真は見せないと思う。〈写真は撮ってないけど〉)

でも、私にはちょっと納得できない胸です。
こんなことなら皮下乳腺全摘で同時再建がよかったな~
(それでも不満はその時々で出るんだろうけど)

リンパを検査でもとらない病院が見つけられたら。。。。。
(リンパをとらないでも良いと言ってくれる病院、医者なんてほとんどなし。
 紹介してもらってラッキーでした)

もう、いまさらなのでこれを受け入れていくしかありません。
(悲しくなってしまう胸だけど、見慣れてきました)

温存でこんなに気分が下降。
全摘の人たちはどんなに喪失感に悩まされるのだろうか?

ティッシュエキスパンダーを見ました。
シリコンを見ました。
ティッシュはすごく大きい。シリコンはその三分の一ぐらい。
再建ってこういうことなんだ。。。。

再建しないの?ときかれた。人に見せたくないので再建はしない。温存でも再建はあると聞いている。でも、もう見せたくは無い。死ぬまでこのままでよいと今は思う。

縮小してしまった胸にお手製ぱっとは合わなくなってしまった。
いまは前に買ってあったフェリシモのティッシュ代わりのガーゼがちょうど良いです。
折りたたんで二枚使用。ちょっと足りないくらいがよいようです。
ぴったりにすると動かなくなって不自然です。(自分の小さくなった胸は動くけどガーゼは動かないから)下着によって入れるものは変わってくるけど。手術直後はフロントホックはだめでした。縮小後の今はなんでもOK!

少しは前向きに通常になりました。(???)
天気が悪くなると具合が悪くなります。
この間は情けないのと痛いのとで涙が止まらなかった。
お風呂から出てそのまま子供たちにお休みも言わずに布団にもぐりこんでしまいました。
きっと後もう少し辛抱すれば大丈夫になる。

きっと!

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2015年2月26日 (木)

まだまだ

まだまだ二週間。

不具合が思ったよりも多くて参ってしまう。

傷そのもの(縫い傷)はもう痛くない。
でも、周辺が痛い。
もちろんつっぱるし、動きづらいし。
(鈍い痛みは常にある)

手は挙がるようになった。
ドアも開けられる。
浮腫みも気にならなくなった。

木曜手術、月曜から仕事。初っ端からお茶当番。
ゆっくりのんびり。

重いものはもてない。(あまり重くなくても持たない)
走れない。横断歩道はゆっくり歩く。
うつ伏せになれない。背中(患側の)が痛くてマッサージしてもらいたいのに。

4センチ四方の肉片が無くなっている。
最初はすごくえぐれてたが、肉がよさってきたのか少しのえぐれと思えるようになってきた。
でも、周りが減った。平らになった。脇のほうもへこんだ。
がんの場所が悪かったのか、縫った場所が悪かったのか。
乳頭もいびつになった。もちろん切りとったと思われる場所は硬くなっている。
ついでに乳頭も硬くなっている。
生理前のときのように(もう少しひどく)ひりひりと痛い。
(授乳期に張っているような感じ。腫れて硬くなっているせいか重い)

パジャマが触れないように下着はずっとつけている。
下着の中で動かないようにお手製ぱっと。安心できるほどがっちりすると左右が。
何とか我慢できるくらいに毎日調整。

命が助かったから良いじゃない。そんなことを言われても納得できない。
少なくとも自覚症状のない、なんとも無い体がいきなり。
がんは受け入れた。でも、治療による不具合までは受け入れられない。
そんなことはなんでもない。という。
でも、私には耐え難いことだ。

きっと、もう半年も経てば気にならなくなるだろう。
だから同じ境遇の人たちも、不具合のことは言わないのだろう。

もう元には戻らないのだから。
せめてもう少し快適に生きていきたい。

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2015年2月21日 (土)

復活?それとも

通常運転です。

こすもすさん、いろいろコメントありがとうございます。
お返事できなく、遅くなってしまいごめんなさい。
いつも励ましていただいてとてもうれしいです。
きっとこすもすさんのほうが大変なのに、気にかけてくださって
頭の下がる思いです。(私なんて自分のことで精一杯なのに。。。。)

先週、手術翌日退院したときにはフラフラでした。
その日に食べたものは写真に撮ったケーキのみ。

それでも、合羽橋に行ってスカイツリー(ソラマチ)にいって一応東京観光。
迎えに来てくれた妹に感謝です。

翌日は久しぶりの銀座。
アンジェリーナの飲食部門が2階に移動していてびっくり。
その後帰宅しました。

こうはなりたくなかった。。。。
そんな胸にとてもショックを受けての退院でした。

術前のCTのときに少しへこむくらい、と聞きあきらめていたけど。
ごっそりとなくなった胸にどう反応して良いのか。。
つい一日前までは動かせていた手足。
水を飲むのもままならない不自由さ。

二日もすれば納得できるまでには回復したけれど。

わかったことは、アルコール綿に弱いこと。
ロキソニンが効かないこと。

もう、しょうがないな~という位には納得というか諦めというか。
(もう元に戻すことなんてできないんだから)
胸の凹みが外に響かないようにお手製パットを。
まだまだ鈍い痛みとともに生活しています。

一週間、経ってみたら胸が腫れて?凹みがあまり気にならなくなってきた。
(見慣れてきたせいもある)
肉が移動するのだろうか?脇とか上のほうとかに鈍痛が。
なんか痛いかもしれない、といえる程度だけど。

病理検査の結果、一年前よりもKi67の数値が上がっていた。
でも、まあ別に良いでしょうと。

放射線も勧められなかったし、ホルモン療法も気がすすまないといったらそれでよくなったし。
何かあったらその都度で、と言ってもらえて、ほっ。

とりあえず、消極的に生きてます。

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2015年2月 5日 (木)

私は

五体満足で死にたい。なんら欠けることなく。
自分では死ぬことはできなかった。
誰か死なせてくれないかな~

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2015年1月22日 (木)

とりあえず

手術の日が決まりました。

決めていた日のちょうど1週間後の日にキャンセルが出た、ということで
その日に決めました。

最初の日にしなくてはと思っていたのでほっとしています。

これで子供のマラソン大会に行ける!

前回は2泊3日の予定だったけど、今度は1泊2日。
だから入院前にCTをとりに行かなくては。

結局休暇は同じだけ?とらなくては。(それ以上かも)

でも、マラソン大会にいける。今から楽しみだ。
今年は下級生に速い子が多いといっていた。
ちょっぴり弱気になっているのかな?
でも、がんばれ!ずっと見ているよ。

ちょうど、仕事が忙しくない日でよかった。
前の週だと周りの人にお願いしなくちゃいけない仕事があったけど
変更後は何とかなりそう。

入退院は一人でがんばります。
一人暮らしの人なら当たり前。
子供たちには内緒だし。

本当にひとりなんだな~
行きだけでも、といわれたけど本当に「いるだけ」になるから。
いや、それより悪くなりそう。いつも裏目に出るような行動しかとらない人だから。
今までだって、「休みを取るつもりだけど確約はできない」とか「まだ予定がたっていないから約束できない」とか言われてるもんね。
自分がその気になってしまったら、その後の変更はこたえる。。。。
(予定のためにがんばってくれたなら、どうしようもないときにはしょうがないと思えるが)

やっぱりさびしい人生だな~
終わりが近づいて気がついてしまった。

自分のためだけに生きたいな~

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2014年12月13日 (土)

ささいでささやかなこと

日曜日に下の子が友達と遊んできた。
「お母さん!今日ね、ラーメン食べたけどラッキーだった。
 昨日と今日は創業記念?とかで1杯500円だった。
 すごいよね!替え玉2つ頼んでも普段の1杯分なんだよ。
 いつもは大盛りで替え玉1つで900円、それが今日は700円!」
と、うれしそうに報告してくれた。
よかったね~、得したね~と言ったけど、ラーメン三人前か~
おなかは一杯になるけど栄養的にはどうかと。。。。

今日、職場の人との会話で。(私のがんのことを知っている人)
年末で皆さんの休暇残日数を調べていて。
「むかごさんは十分残っているから心配ないね。休むの2月だったよね。」
(仕事で迷惑かけるのが分かっているから教えてあります)
ちょっと気のない返事をしてしまいました。
どうしたの?と問われて「嫌になっちゃった」と答えました。
「何が嫌なの?」
「手術したらお風呂に入りに行けない。。。。。」
大丈夫だよと言われても、私はえぐれた胸を見せたくない。
(断端陰性にはがん細胞の周り1センチ以上切り取らなければいけない。
 ただでさえかたびっこの小さいほう。胸がなくなってしまう。)
「そんなにしょっちゅう行ってるのではないなら、別に行かなくてもいいじゃん。」

たまにしかいけないから楽しみなのに。
1年に1回か2回。家から離れてのんびり出来るとき。
そんなささやかな楽しみもあきらめなくてはいけないのか?

何気ない一言だと思う。でも、その会話の後すぐ上司が
「こんなに寒いと週末は温泉だよな~」
「温泉行って癒されて、リフレッシュしないとやってらんないよな~」

何ともないようにトイレに行くまで我慢しました。
仕事中なのに涙が止まりません。

家に帰ってからも泣いてしまいました。

命が助かるんだから良いじゃん。
そんなことを言われても、生きてく楽しみがなくなってしまったら
死んだほうがマシになってしまう。

だんだん近づくXデーに鬱状態なのか?
涙が止まりません。(家族には見せない)

ささやかな望みも私はしてはいけないのでしょうか?

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2014年12月 7日 (日)

いまさらだけど

昨日は朝から夕方まで一人きりでした。

洗濯して、布団干して、ちょっとお掃除をしてお菓子作って、一休み。

で、気がついた。
病理診断?をもらったけどしっかり見て無いや。

誰も居ないから(突然帰ってくることもないし)どんなHP?でも見放題じゃん!
調べてみるか~

で、分かりました。(たぶん)
私って、全然深刻な状態ではない。(と思う)

浸潤癌ではあるけれど、あまり広がらないようだ。(みたい)

最初に言われたことがずっと頭にあって。
その後違うと分かっても、刷り込みのように頭に残って。
いつも最悪の事を考えていた。
(標準治療をしなければ5年くらいで壮絶な死を迎える。。。。、本当に言われたの)

今更ながら自分の単純なおつむに呆れてしまう。

でも、きっと最初の話は澱のように残ってしまうだろう。
なんか、気が抜けた。

10月以降(川崎後)、本当に気分が楽で。
何ともないように振舞うのではなく、自然体で生活できた。
泣くこともなくなったし。

紀元前・紀元後いや、使用前・使用後?ちょっと違うか。
でもそれ位、川崎の前と後では違いがある。

癌と診断された方々が正しい知識と説明をもらえますように。


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2014年9月24日 (水)

終わりの始まり?

今日、こすもすさんに紹介いただいた病院に行ってきました。

行ってよかったです。
ありがとうございます。

結果はステージ1で温存可能。

リンパは取らなくて良いし、標準治療は寿命を延ばさない。

そのままにしておいても、たぶん寿命は変わらない。
(転移しなければの話。転移したら衰弱はする)

とりあえず手術の仮予約。
セカンドオピニオン料金はなく、通常の初診料。
ありがたかったです。

小さいので、たぶん自分の免疫?が働いている?

なんか、すっきり。
今までは最悪のことしか言われてなかった。
ステージ2、1~2年で症状が出始め、5年生きられるか・・・・・・

今日聞いたら症状が出るのはずーっとさき。
そのままでも大丈夫、何かあればその都度でかまわない。

でも、やっぱり私にはナプキン当てての生活は長く続けられそうにない。

次にまた行ってちゃんとした日にちを決めてきます。
決心が揺らぎませんように。

あっ、旦那にはいつ言おう。。。。。。

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